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東京地方裁判所 平成4年(ワ)70047号 判決

原告

株式会社日証

右代表者代表取締役

大塚泰正

右訴訟代理人弁護士

立見廣志

被告

信川高寛

主文

一  被告は原告に対し、金四六四八万一六四一円及びこれに対する平成四年四月八日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、平成二年三月九日、金一億三四一三万円を貸し渡した(以下「本件貸付け」という。)。

2(一)  原告と被告は、平成四年一月三一日、右貸金の弁済期を平成四年二月一〇日とする旨の合意をした。

(二)(1)  仮に右の合意が認められないとしても、原告と被告は、平成元年二月一四日、金銭消費貸借取引を開始するに際し、原告の被告に対する貸金債権について、被告が原告に対し担保として差し入れた有価証券の担保価格に不足が生ずると原告が認め、被告に対し、担保の追加又は貸付元本の一部の弁済(いわゆる追証)の請求をした場合に被告がこれを履行しないときには、直ちに債務の弁済期が到来する旨の合意をした。

(2) 原告は被告に対し、平成四年二月七日、同年二月一〇日までに追証を支払うよう請求したが、被告は、これを履行しなかった。

3  原告と被告は、平成元年二月一四日、原告と被告との取引に関して生じた被告の債務につき被告がその履行を怠ったときの遅延損害金の利率は年四〇パーセントとする旨の合意をした。

よって、原告は被告に対し、右貸金残元本金四六四八万一六四一円及びこれに対する弁済期の後である平成四年四月八日から支払済みまで約定利率の範囲内である年三〇パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は否認する。平成四年二月一〇日は、弁済期ではなく利息計算期間の終期である。

3  同2(二)(1)、(2)の事実はいずれも否認する。

4  同3の事実は認める。

三  抗弁―弁済期の未到来

1  原告と被告は、平成元年二月一四日、本件金銭消費貸借取引を開始するに際し、被告が約定利息を支払う限り、貸金元本の弁済期は到来しないものとする旨の合意をした。

2(一)  被告は原告に対し、本件金銭消費貸借取引における約定利息金を、取引当初から平成四年三月一一日まで支払った。

(二)(1)  また、原告と被告は、右取引開始の際、被告が担保株式の差し替えを請求したときは原告は当然にこれを承諾し、担保株式を返還する旨合意していたが、被告が原告に対し、平成四年二月一二日、担保株式の差し替えを求めたところ、原告は、右の差し替えに応ぜず、そのため、被告は平成四年三月六日の終値に基づく担保株式の時価金三二六六万一〇〇〇円の運用をできないという損害を被った。右の損害は、借主の金融業者に対する債務の不履行の場合の損害金の割合(請求原因3)と同じ割合になるとするのが公平である。

(2) 被告は原告に対し、平成四年三月一〇日到達の書面で、右損害金をもって同年三月一二日以降に生ずべき約定利息とを対当額で当然に相殺する旨の意思表示をしたので、被告は原告に対し平成四年三月一一日以降も利息金の支払をしているのと同視できる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2(一)の事実は認める。

3  同2(二)の事実のうち、(2)の相殺の意思表示がなされたことは認めるが、その余は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(金銭の貸付け)、3(遅延損害金の定め)の事実は当事者間に争いがない。

二本件貸金の弁済期について

1  確定期限の定めの有無

請求原因2(一)(弁済期の定め)については、これに沿う証拠としては証人北村美喜夫の証言があるが、同証言は後記認定のとおりにわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

すなわち、〈書証番号略〉、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件貸付け後約二年の間、ほぼ一ケ月毎に計算書を作成しており、原告が弁済期であると主張する二月一〇日を示す記載のあるもの(〈書証番号略〉)を含め、これらの計算書には全て「支払期日」との不動文字の上に重ねて「利息期間」と印字されており、同様に二月一〇日を示す記載のある内入票(〈書証番号略〉)においても、右の期日は「期間」との表示の下に終期を示す趣旨の記載として記入されていること、本件貸付けは、原告が被告に株式購入資金を融資し、被告が購入した株式を担保として原告に差し入れる形態の取引(いわゆる証券金融)の一環としてなされたものであり、被告が右保有株式を売却して貸借関係を清算するまでの間、担保が不足せず、かつ利息を支払っている限り、原告は貸借関係を継続すべきこと、本件貸付け後においては、平成四年三月ころまでほぼ一ケ月毎に約定利息の支払がなされていただけで、元金の返済がなされたのは一回のみであること、他方、原告においても、平成三年ころからは担保株式の時価額の下落に伴う内入金ないし追加担保の請求をしているものの、明確に貸金残元本全額の請求をしたのは平成四年二月七日が初めてであり、しかもその際、同年二月一〇日までに継続金利及び内入金を支払わない場合にはという限定が付されていたこと、原告は、同年二月一四日、再び被告に対し残元本の請求をしたが、その理由は、同年二月七日に右のような請求をしたにもかかわらず、被告が同年二月一三日に至るも内入金の支払をしないためというものであったことがそれぞれ認められ、これらの事実からすると、平成四年二月一〇日は利息の計算期間の終期であって、元本の弁済期ではないと認めるのが相当である。

2  不確定期限の有無

(一)  そこで、請求原因2(二)(1)(不確定期限の定め)について検討する。

〈書証番号略〉によれば、被告は、平成元年二月一四日、原告との間で証券融資取引を開始するにつき、原告に対し担保差入書を差し入れて基本契約を締結しており、その条項中には、第二条として「債務者が債務の履行を遅滞したりその他貴社との契約に違反する等の事由が発生し貴社において担保物件をもって債務者の負担する債務に充当する必要ありと認めたときは、貴社は、事前に何等の通知をすることなく、担保物件を任意に処分のうえ、その取得金の内から諸費用を控除した残額を債務の弁済に充当し、又は債務の全部又は一部の弁済に代えて担保物件を取得することができます。」との記載があり、また、第六条として「担保物件の価格の低落その他の事由により担保価格に不足を生ずると貴社で認めたときは、貴社から請求あり次第、債務者及び担保提供者は、直ちに不足額に相当する有価証券を提供し又は不足金を入金するものとし、万一これが不履行の場合は貴社は、即時債務の弁済期が到来したものと見做し、第2条等の任意処分等の処置をとることができます。」との記載があることが認められ、被告が購入し原告に担保として差し入れた株式の価格が下落し、原告が担保価格に不足を生ずると認めたときは、原告は、担保の追加差し入れ又は貸付金の一部返済(いわゆる追証)の請求をすることができ、被告がこれに応じないときは、原告の貸金債権は当然に弁済期が到来し、原告は担保を任意に処分又は取得する旨約定したと認めるのが相当である。

なお、被告は、本件貸付けに先立ち、原告は被告に対し、被告が利息を支払い続ける限り追証の請求をしない旨(したがって、追証不払による期限到来はないこと。)の約束をしていたと主張し、〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果中には、原告の東京支社長であった風元幸夫が被告に対し追証の請求をしない旨約したとの部分がある。しかし、〈書証番号略〉、証人磯野茂の証言によれば、被告が担保差入書等を差し入れて基本契約を締結し原告といわゆる証券融資の取引を始めたのは、株価の下落が始まった平成二年春ころより前の平成元年二月であること、右の契約に際し、原告の東京支社長である風元幸夫は、「追証のことは十分面倒を見させてもらいます。」「追証については面倒をみる、いずれ株も上がるでしょうから…」という趣旨のことを言っていたが、追証を請求しないという趣旨の発言はしておらず、右の担保差入書の条項も削除ないし抹消するには至っていなかったこと、また、右の風元の発言の意味について、右の契約に立ち会った磯野は、当時の状況からして、「株価は上がったり下がったりするものだから、追証のことは話し合いながらしましょう。」という趣旨に理解していたこと等の事実が認められ、右の事実からすれば、風元は、一時的な株価の下落があって担保価格の不足を生じたとしても、直ちに追証の請求をすることはせず、将来の株価の上昇を見越してできる限りこれを猶予するよう配慮することを約したものの、それ以上に、被告との取引に関し追証の請求を一切しないことまでの約束はしていないと認めるのが相当である。

(二) 請求原因2(二)(2)(不足金の請求)の事実について、原告が被告に対し、平成四年二月七日ころに「内入金」の請求をしたことは前記二1認定のとおりであり、また、〈書証番号略〉、証人北村美喜夫の証言及び〈書証番号略〉によれば、右の「内入金」の請求をした通知書控え(内容証明郵便)自体にはその具体的な金額は記載されていないものの、原告は被告に対し、平成三年一二月二日と同月一二日に「担保不足通知書」を交付しており、そのいずれの場合も、「内入返済の場合の返済必要額」として、担保不足額(所要担保時価額から現在差入中の担保時価額を差し引いた残額)の八〇パーセント相当額の支払を求めていること、翌平成四年二月三日に、被告は、同日現在における原告に対する債務の残高(金六七七六万円)及び担保時価額(金三三二四万四〇〇〇円)を確認しており、原告が右の「内入金」の請求をしたのはその直後であることがそれぞれ認められ、これらの事実を総合すれば、原告は、追証として、担保不足額五一四五万六〇〇〇円(所要担保時価額八四七〇万円から現在差入中の担保時価額三三二四万四〇〇〇円を差し引いた残額)の八〇パーセント相当額である金四一一六万四八〇〇円の支払を請求し、これに対し被告は、平成四年二月七日、原告に対し、約定利息に充当されるべきものとして金七五万二〇五七円を支払ったのみで、その後は内入金の支払も追加担保の提供もしていないことが認められる。

よって、請求原因2(二)(2)の事実を認めることができる。

三弁済期未到来の抗弁について

抗弁1の事実(約定利息を支払うかぎり弁済期は到来しないものとする旨の合意)については、これに沿うかのごとき証拠として〈書証番号略〉(陳述書)の記載があるが、同記載は、前記二2認定のとおり、本件金銭消費貸借取引の開始に当たり、風元が、被告に対し追証については面倒を見るという趣旨のことは言っていたものの、その意味は被告に対して追証の請求を一切しないことまでを約束したものではないと認められること等に照らし、にわかに措信し難く、他に被告が利息の支払を継続する限り元本の弁済期は到来しないものとする旨の約束をしたと認めるに足りる証拠はない。

よって、その余(抗弁2(一)(二))について判断するまでもなく、被告の抗弁は理由がない。

四以上によれば、原告の本訴請求には理由がある。

(裁判長裁判官中野哲弘 裁判官市川昇 裁判官齋藤憲次)

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